新撰組ファンの方々には申し訳ないのですが
— 山岸美喜 (@yamagishimadam) December 1, 2025
私が知らされている新撰組は
武士になりたかった浪人たちの集まりで
武士の作法などには程遠く。
京都守護職は家への負担が大きく
職を命じられた会津松平家は人材不足で
新撰組にお願いした。
武士の作法とは
剣の技術だけでなく
立ち振る舞いなど、厳しいものでした。
また、刀を抜く事は
武士の恥とされてもいました。
新撰組は京都での態度が悪く
(オレ達が守ってやっているんだ!的な横暴な態度が散見)
京都の人たちには嫌われていた。
当時、職業は世襲制で
武士は幼い頃から、武士になる教育
を受けていました。
なりたいから武士になる
なんて、あり得ない事でした。
幕末は色々混乱。
私、天然理心流の門人ですが、入門してくる方の新選組カブレの多いこと!
— 少佐 (@6Cax9) December 1, 2025
天然理心流は、剣術です純然たる古武道です。稽古に「誠」の鉢巻やリストバンドは必要ありません!
新選組ファンですが、まあ今でいうと半グレ集団というかなんというか…調べたら内部粛清が厳しかったみたいだし、まあ、創作物と史実は別物、と考えて割り切っています。
— 千菊丸 (@senngikumaru) December 1, 2025
薩長のテロリスト連中を片付けるのにごろつき連中を体良く使っただけのことですね。
— HK 初台 賢(はつだい けん) (@hk_seven_seas) December 1, 2025
結構有名な話しだと思います。
— アニサキス@ワンポール教教祖🏕 (@anisakisuiroha) December 1, 2025
新選組が好きな方ななら知っていて当然なので問題ないですね。
昭和の白黒映画で、新撰組がゴロツキ悪人で描かれていたこと思い出しました🎬
— Mameko♥️ 2487498 (@mamekoJP) December 1, 2025
あの頃は時代考察がしっかりしてたからの表現か
新撰組ファンですが、おそらく本当に好きな人は新撰組が嫌われていたことを心得ていると思います。
— はなちゃんず (@_Hanachanz_) December 1, 2025
壬生浪と言われたり、横暴な振る舞いがあったり、殺人集団扱いされたり。
でも時代に翻弄され、抗って、農民から立ち上がったストーリーについ肩入れしてしまうのです(笑)
実際のところ、教育の行き届いておらず、腕っぷしだけが強かっただけの人間が集まったのが新選組ですからね
— たこやきのガチンコ勝負TV@YouTube登録2.2万人 (@gachinkotv) December 1, 2025
ドラマで脚色されたのだけを見ていると新選組が好きになる
史実を追えばどんな連中だったかが解る
まだ山岸さんはオブラートに包んでいる方
✅ 結論:徳川末裔の新撰組ディス投稿大炎上…史実の厳しさ vs 忠義の美学、30秒で完全把握!
とりあえず、これだけ押さえておけばニュースの核心がわかります!
- 何が起きた?:山岸氏が新撰組を「浪人集団」「作法欠如、刀抜きは恥」「京都で嫌われ者」と投稿。徳川慶喜玄孫の視点から史実を強調。
- 現在の状況は?:いいね2万超で大バズり。リプライで「逃げた慶喜の末裔が言うな」「史実知ってるファンなら納得」と賛否殺到。
- 投稿者の主張は?:武士は世襲教育が基本。即席の新撰組は負担軽減のための便利屋で、横暴が市民に不評だったと指摘。
- 新撰組の歴史は?:1863年浪士組結成、京都治安維持で活躍も内部粛清厳しく、戊辰戦争で壊滅。ドラマで美化され人気に。
- ネットの反応は?:忠義派「幕府のために命懸け、敬意を!」 vs 現実派「ごろつき史実、脚色しすぎ」で激論。慶喜批判も噴出。
幕末の英雄像が、子孫の声で揺らぐ大論争。史実の厳しさが、ファンの心を試します。
X投稿の衝撃…徳川末裔の「浪人ディス」が火をつけた
2025年12月1日、山岸美喜氏の投稿がXに投下されました。徳川慶喜公の玄孫として、会津藩の視点から新撰組の史実を明かした内容。浪士組が京都守護職の負担を軽減するため起用されたが、作法の欠如や横暴な態度で市民から敬遠された点を強調。投稿は即座に2万いいね超、300万ビューを記録し、ファン層を震撼させました。山岸氏自身が「混乱の幕末」と補足するも、議論は収まらず加速。
新撰組は1863年、将軍家茂の命で結成された浪士組が原点。芹沢鴨・近藤勇らが残留し、壬生浪士として京都の治安維持に奔走しました。池田屋事件などの活躍で知られますが、内部粛清の残虐さや農民・町人中心の即席組織ぶりが、伝統武士から見れば異質。司馬遼太郎の『燃えよ剣』以降、美化されたイメージが定着した一方、史実派の不満が爆発した形です。
賛否両論の嵐…忠義派 vs 史実派の白熱バトル
投稿直後、「徳川の子孫が言うなら信ぴょう性高い」「半グレ集団、内部粛清ヤバい」と史実派の賛同が相次ぎました。一方、反論も激しく「最後まで幕府に忠義尽くした英雄たちに失礼」「慶喜が逃亡したのに新撰組だけ叩くのは筋違い」との声。著名ユーザーからも「ごろつきでも時代に抗ったストーリーが魅力」「脚色史実が独り歩きするな」との辛辣意見が飛び、慶喜公の鳥羽伏見逃亡を槍玉に挙げる投稿も急増。
新撰組の歴史を振り返れば、浪人中心の寄せ集めながら、薩長のテロを抑え込んだ功績は大きい。戊辰戦争で壊滅するも、忠義の象徴として人気。一方、子孫の視点は「武士の恥」を強調し、多角的な議論を呼びました。東映映画の影響で美化されたイメージが、史実の厳しさに直面する瞬間です。
この投稿へのネット上の反応
名無しさん@ネットの反応
徳川慶喜の子孫が新撰組を礼儀知らずの浪人崩れと馬鹿にしてますが、一軍の将としての礼儀も知らずに自分の命惜しさに逃げ回って無駄な犠牲を増やしたご先祖さまがいる方はおっしゃることが違いますねとしか…😓
名無しさん@ネットの反応
新選組が教育を受けていない粗忽者の集まりであることは周知の事実だと思うけど、なんでわざわざ否定的なことを言うの? しかも、徳川家の末裔が… 幕府の為に最後の最後まで命をかけて戦い抜いた人達に、敬意や感謝は無いのだろうか。
名無しさん@ネットの反応
新選組がごろつきの寄せ集め集団だったのは事実だけど、そもそも武士に精神性や家柄を求めるのもどうなんだろうなあと思ったら徳川慶喜の子孫の方のツイート。あー結局幕府にとって新選組、武家はそういう見方なんだよなあと。
名無しさん@ネットの反応
新撰組の歴史が色々脚色されたり美化されてるのは『燃えよ剣』の頃から知ってるけどさ… 大阪城から真っ先に逃げ帰った側の徳川の子孫の方が、幕府側に最後までついてた彼らに対してこの言い様はないよなぁって凄いモヤる
名無しさん@ネットの反応
徳川の子孫が新撰組を小馬鹿にするのは心無いなw 新撰組や渋沢栄一の活躍って、むしろ武士と非武士の境目が意外とあいまいだったことの証左なんじゃないの?
名無しさん@ネットの反応
新選組については、まあ、そのとおりなんだけど、ちょっと武士に夢見過ぎと思ったらポスト主様は徳川の末裔様。幕末は混乱と言うけど、八王子同心や御徒組のような層をクッションにして、それでも維持できなかった幕府。
名無しさん@ネットの反応
実際面はどうであろうと徳川幕府の為に戦って殉じた人達を子孫がああいう風に言っちゃうんだという失望感は本気で持ちました。
名無しさん@ネットの反応
徳川慶喜の玄孫さんが新選組について語ってるんだが、きっと合ってるんだろうけど、京都で嫌われてたりしたみたいだし、ただ幕府側として戦った集団に対して徳川家が言うのはちょっと梯子外し的なんじゃないかな。
名無しさん@ネットの反応
そもそも長州の奇兵隊だって商人や百姓の集まり。武士道なんぞ微塵もない。それを言ったら維新の立役者は脱藩浪士や下級武士の有象無象の集団なのだから、その取締に新選組をぶつけるのは賢い方法。総大将である徳川慶喜の子孫が新選組をディスってどうする?
名無しさん@ネットの反応
徳川の子孫が薩長に恨みないのは、慶喜は自分で無血開城して、その後も管理下とはいえ悠々自適に生活できてたから当然というか… 問題は家臣で、最後まで抵抗した勢力の子孫は色々だよね 会津の人とかさ
名無しさん@ネットの反応
新選組の日 1863年2月27日、将軍 徳家茂の命で新撰組の原点となる「浪士組」が結成されたことにちなみます。
<まとめ>新撰組の未来、史実と美学の狭間で
いかがでしたでしょうか?
一つの投稿が引き起こした大炎上。新撰組の史実が、子孫の声で再検証される事態となりました。
- ✅ 2025/12/1、山岸氏投稿が新撰組を「浪人ごろつき」と批判。大バズりで慶喜逃亡ネタも飛び交う。
- ✅ 史実「作法欠如、市民嫌悪」 vs 美学「忠義尽くした英雄」で二極化。脚色史実の弊害指摘。
- ✅ ファン視点「半グレでもストーリー魅力」、子孫視点「武士の恥」。戊辰の犠牲者への敬意論争。
- ✅ 幕末の多面性が、SNSで輝く。ゆっくり史実を紐解きましょう。
浪人たちの忠義は、時代を超えて心を動かします。ファンの声が、歴史を豊かにします。山岸氏のような視点も、幕末を深くする一石です。これからも、史実の光を追い続けましょう!
【新撰組大激論】徳川慶喜末裔が「浪人ごろつき集団」「武士の恥」とブチギレ投稿! 京都で嫌われ者だった史実がXで爆発…忠義派 vs 現実派の幕末バトル再燃か!?
